大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和52年(う)397号 判決 1978年4月11日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人鈴木匡、同大場民男、同山本一道、同鈴木順二、同伊藤好之共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官村林久男作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

控訴趣意書第一(事実誤認)の論旨について

所論は要するに、被告人は昭和五一年四月二六日から、同年五月二八日までの間に四回に亘り原判示労働者らに対し確定的に解雇予告をなしているのにかかわらず、原判決が被告人は法定の除外事由がないのに同年六月二〇日山下株式会社本店営業所において、三〇日前に予告をしないで原判示労働者らを解雇した旨認定して、被告人を労働基準法違反罪に問擬したのは判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら労働基準法二〇条に定めた解雇予告は、解雇される労働者各人に対し、明確に何時解雇されるかを認識できるように解雇の日を特定して、その三〇日以前に予告しなければならないところ、原判決挙示の各証拠によれば、映画、ボーリング、サウナ施設の経営をしている山下株式会社の専務取締役として、同会社の業務全般を統轄していた被告人は、昭和五一年六月二〇日会社本店営業所において、同日付をもって、原判示労働者九名に解雇通知をなしたこと、及び同日より遡る三〇日以前において、原判示労働者らに明確に右六月二〇日に解雇する旨の予告をなしていなかったことは所論にもかかわらず優にこれを認めることができる。もっとも《証拠省略》を綜合すれば、被告人が同年四月二六日から同年五月二八日までの間数回に亘り原判示労働者らの代表者やその代理人に、同会社サウナ部門が経営不振で赤字が累積しているので、同部門を閉鎖したい旨申し入れたが、その都度労働者側の反対に合い、結論を得ないまま推移していたこと、その間被告人は労働者側にサウナ部門閉鎖に伴う前売券発行停止を指示したり、サウナを閉鎖する旨記載した立看板をサウナ店入口に掲示したりしたが(右立看板は間もなく労働者側によって撤去された)すでに発売してあるサウナ回数券を利用する客の都合も考えて前記六月二〇日にサウナを閉鎖することに延期したことが認められるけれども、右各事実は被告人が同会社サウナ部門の閉鎖について強い意思をもって労働者側と対処していたことは言えるとしても、いまだ労働者らとの折衝過程のやりとりであって、サウナ部門の閉鎖申し入れをもって、直ちに原判示労働者ら各個に明確に解雇の予告をしたとは認められず、その他証拠を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌しても原判示労働者らに明確な解雇予告があったと認めるに足る証拠はない。従って原判決には所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意書第二の三(事実誤認ないし法令の解釈適用の誤り)の論旨について

所論は要するに被告人は原判示労働者らに通知した昭和五一年六月二〇日より以前に何回も有効な解雇予告をしており、右同日は単に解雇と記載した書面を原判示労働者らに交付したにすぎず、同日をもって労働者らに即時解雇を通告したという意思は全くなく適法な処置と考えていたのであるから、労働基準法二〇条一項本文の三〇日前に解雇予告をしないで解雇するとの犯意を欠いていたのに、これを積極に認定した原判決には、事実を誤認したか法令の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

しかしながら労働基準法二〇条一項本文による解雇予告は労働者らに解雇の日を明確に特定して予告しなければならず、被告人が昭和五一年六月二〇日より三〇日以前に適法な解雇予告をしたと認められないこと前述のとおりであるところ、同条項違反の犯意としては、使用者が解雇しようとする労働者各自に対し明確に解雇の日を予告特定することなく解雇通知をしたことの認識があれば足るものと解され、《証拠省略》によれば、被告人は前記六月二〇日以前には労働者側に対し、同会社サウナ部門閉鎖の意向は伝えてあったので、解雇する労働者に個別的な解雇の予告はしなかったこと、被告人の意思に基づき前記六月二〇日の原判示労働者らに対する解雇通知がなされたことはいずれも認めて争わないところであるから、右事実によれば被告人の同条項違反の犯意に欠けるところはないと認められるので、所論に到底左袒することはできない。従って原判決には所論の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意書第二の一、二(法令の解釈適用の誤り)の論旨について

所論は要するに、山下株式会社は、昭和四九年一一月から経営に行き詰まり、会社更生手続開始の申立を名古屋地方裁判所になしたが、昭和五〇年二月二〇日同裁判所から更生の見込なしとして更生手続申立棄却決定がなされ、右決定に対し抗告したが昭和五一年四月一三日名古屋高等裁判所でも右抗告棄却決定をうけ、その頃すでに同会社は実質上破産状態に陥っており、被告人は同会社経営者として会社経営の継続は不可能と判断せざるを得なかった。かかる事情は解雇予告を必要としない除外事由である労働基準法二〇条一項但書の「やむを得ない事由のために事業の継続が不可能になった場合」に該当し、その事実は客観的に解雇当時存在すれば足りるので、同法二〇条三項、一九条二項の行政庁の認定は単なる事実確認の処分に過ぎないのにかかわらず、原判決が行政官庁である労働基準監督署長の認定を受けず解雇通知をしたことをもって、直ちに同法二〇条一項但書に定めた除外事由に該当しない旨判断し同条本文違反の罰条を適用したのは法令の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、山下株式会社が経営に行き詰り、会社更生手続開始の申立を名古屋地方裁判所になしたが、同裁判所より更生の見込なしとして右申立を棄却され、更に抗告審である名古屋高等裁判所でも抗告棄却決定をうけ、その頃同会社の経営が破綻に瀕していたこと所論のとおりであるが、前掲各証拠によれば、同会社が経営不振に陥った原因は、同会社が昭和四五年三月ころから山下ビル内で内田橋ボーリングセンター、昭和四七年一月ころから熱田区で千年ボーリングセンターの経営を始め、その建設資金の借入金返済や、各ボーリング場の経営不振が重なり、更に昭和四七年からサウナ風呂を開業したが、これも損失を重ねて前記のとおり同会社の経営が左傾するに至ったことが認められるところ、労働基準法二〇条一項但書の「天災事変その他やむを得ない事由」とは、「天災事変に準ずる程度に不可抗力に基き且つ突発的な事由の意であり、事業の経営者として社会通念上採るべき必要な措置を以てしても通常如何ともなし難く、かつ解雇の予告をする余裕のないもの」を言うもので、本件会社のように経営者の事業計画の見透しの杜撰さ、社会状勢の変化などから漸次招くに至った右会社経営の不振が右但書の除外事由に該当しないことは明白であって、この点からも所論に左袒することはできない。更に所論は原判決が被告人が同法二〇条一項但書所定の事由の存否について行政庁の認定を受けずに解雇通知をしたことをとらえ、このことから直ちに被告人のなした本件解雇が同法二〇条一項但書に定めた除外事由に該当しないと判断した点を非難攻撃する。なるほど同法二〇条三項、一九条二項の行政庁の認定は民事上解雇の効力を論ずる場合においては単なる事実確認の処分であるにすぎないと言いうるとしても労働者保護の強行規定である刑事罰の点からすれば、前記法条に基づく行政庁の認定を受けずに解雇通知をした場合には、その解雇は同法二〇条一項但書に定めた除外事由に該当しないものと解するのが相当であって、この点についても所論に同調することはできず、原判決に所論の法令解釈の適用の誤りが存しないと言わざるを得ない。論旨も理由がない。

控訴趣意書第三(法令の適用の誤り)の論旨について

所論は要するに、山下株式会社は当時累積する赤字経営の状況から、従業員に対する給料も遅滞しており、予め解雇予告をしても解雇期間までの賃金を支払うことは同会社の経理状態から客観的に不可能であり、倒産に瀕した会社の対外債権者との折衝、労働債権の確保を含む労働問題の処理に無報酬で最後まで努力していた被告人を刑事罰をもって臨むことは正義に反し、社会的に見て妥当性を欠くものであって、可罰的違法性ないし期待可能性がないのに、これを認めなかった原判決には法令の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

なるほど証拠に現われた被告人の前記会社再建のための真摯な努力、労働債権確保を含む労働問題に対する誠実な折衝態度を認めることに吝かではないが、労働基準法二〇条が予告義務を強行法規として使用者に義務づけ行政監督及び罰則によってその履行を保障し、労働者の生活の保障をはかった立法趣旨と、現在の不況、就職難の実情あるいは原判決の被告人に対する本件量刑などを彼此対照考察すると、被告人の本件行為に対する本件処罰をもって直ちに正義に反し社会的妥当性を欠くとまでは言い難く、従って被告人の本件行為が可罰的違法性を欠きもしくは該行為と異った適法行為をなすについて期待可能性がないとの所論にも俄に同調することはできないので、原判決には所論のような法令の解釈適用を誤った点は存しないというべきである。論旨もまた理由がない。

よって本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田寛 裁判官 鈴木雄八郎 吉田宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例